高血圧旅行記

宮古島観光…雪塩工場(by hn11さん)

高血圧
ギネスにも登録された、ミネラル豊富な雪塩の工場へ案内された。

係員の上手な商品販売術に、ツアー客の皆さんがはまり、いつの間にか買わなければ損・損の気持ちにさせられた。

何にでも効く雪塩。一般の塩では、ミネラルが製塩の時ニガリとなるらしいが、雪塩はニガリにならず塩の中に閉じ込めることに成功した。
高血圧から通風などいろんな病に効くらしいが、捻挫によるビッコには効かないらしい。
見事な話術で、お土産を買いました。(笑)
でも、さすがにこちらの大きな袋が格安になっています。の言葉には反応せず、一番安い小さな袋2種類にしました。

【旅行時期】2008/12/26~2008/12/26
【エリア】宮古島
【テーマ】ショッピング
【投稿者】hn11

モンゴル戦記(その6)(by きゃわださん)

高血圧
6月23日

 朝7時半に食堂に集合。ホテルの朝食を食べ9時にフロント前集合。ここで始めてアディアさんにあう。チェックアウトを済ませて、荷物を預けた。ホテルからの国際電話はとんでもない値段だったのにはたまげた。

 ウランバートルを出発して最初の一時間は普通の道路だったが、しばらくすると道なき道をいくことになった。舗装していない道路はかなり揺れるので本を読むなどできない。ただし慣れてくるとあの揺れのなかでも眠ることができるようになるのは不思議だ。3時間ほどガタゴト揺られてバガノールと言う小さな町に着いた。

 ホテルの受付嬢(?)はまた無愛想でディズニー映画のポカホンタスに出てきそうな女性だった。ホテルの4階に宿泊することになったが、荷物をそこまで自分で運ぶのは結構難儀。一泊15ドルではこのくらいだろうか。結構物価は高いと思うんだが気のせいだろうか。

 ホテルに荷物を運んだ後、調査用具を持って街の近くにある調査候補地の決定をすることにした。また尻が痛くなるような道を一時間くらい進むとケルレン川という幅50mくらいの川にぶつかった。川に面した山腹斜面を踏査して、一定の広さを持った斜面で植生が均質な場所に調査枠を設定した。調査枠を設定して、水グループが測量をしている間、時間の許す限り調査をした。

 はじめてモンゴルの植生を見てみたが、構成している植生の半分くらいは内蒙古の植生と変わらないものの、種レベルでは微妙な違いがあるようだ。始めてきて知識もない上に図鑑もない状態で正確な出現種を調べるなど無理である。正確かどうかはともかく不明種を含めて20種の出現を確認した。

 街のはずれの怪しいディスコで野菜スープだけ食べた。出てきたミルクもスープもかなりしょっぱい。高血圧街道まっしぐらである。結局具は食べたがスープは飲めなかった。みんな同じような状況だったので帰りに小さな雑貨屋によってお菓子やジュースを買って帰った。買い物をしてひとつわかったことは、ウエハースはハズレが少ないということだった。

【旅行時期】2002/06/18~2002/08/14
【エリア】ウランバートル
【テーマ】大自然・動物
【投稿者】きゃわだ

中国(洛陽・上海)ツアーに医者として添乗(by 空飛ぶドクターさん)

高血圧
【あっさり初仕事】
2008年9月15日から19日まで、中国本土(洛陽と上海)へのツアーへ行って来ました。ついに添乗医師としての初仕事です! 仕事として、海外旅行に行くのが私の長年の夢でしたが、あっさりと実現しました。ある高校時代の同級生からの紹介です。ほんの一ヶ月前に催された大分市での同窓会で、顔見知り程度の同級生にも宣伝を兼ねて名刺をどんどん配りました。名刺には、職業として海外旅行医師添乗サービスと書いています。それを見て、出発の2週間前になって、電話がありました。ある社長さんが、お得意様招待旅行に一緒に行ってくれる医者を探しているという由で、もちろんすぐに承諾しました。彼女は依頼主の社長さんと家族ぐるみの付き合いのようでした。後で、社長さんから聞くところによると、社長さんは自分の主治医に仕事を休んで一緒にツアーに行ってくれる様に以前に頼んだことがあるけれど、断わられたそうです。当然です。普通の医者にはそんなことはできません。私自身は、この日のために3年前から非常勤医師(フリーター医師とも呼ぶ)になり、長期の休みが取りやすい体制をずっと取っていたのです。ですから、急遽その間の仕事を全てどたキャンして、初ツアーの仕事を受けたのです。正直、「招待旅行」というのは自分の想定外でした。

海外旅行は50回以上のベテランの私もお金をもらって海外に行くのは初めてです。お金をもらわなくても、無料で海外に行ったのも二度だけです。一度は、20年以上も前に高校留学のAFSのボランティアとして、シンガポールへタイ人と日本人の高校留学生の現地での飛行機の乗り換えの世話と、最終的に日本人と一緒に帰国した仕事でした。二度目はつい最近、メディカル・ツアーの視察のため、マレーシア観光局の招待でクアラルンプールへ行って来ました。

その会社は大分では結構有名な中小企業でした。仕事上のお得意様に案内を出しているようでした。福岡市在住の私にとって、ちょうどいいことに福岡空港が起点のツアーでした。大手の旅行会社に委託しているので、私の分の手配も簡単でした。面白いことに、ホテルでは添乗員と同室でした。添乗員をやってもいいくらい旅行好きの私にとっては、むしろ歓迎でした。行き先は中国本土で、私にとっては初めてです。香港、澳門(マカオ)には行ったことがありますが、気楽に貧乏旅行ができる普通の国ではない中国本土にはあまり興味がありませんでした。しかも、中華料理はそれなりにはおいしいとは思いますが、シンガポールやマレーシアはもちろん、世界中のチャイナタウンで、ちょこちょこ食べているのであまり執着心はありませんでした。イタリア料理ほどの執着心はありません。でも、何となく初仕事は中国本土になるような予感がしていました。まさか当たるとは思いませんでしたが。

【まずは洛陽へ】
福岡空港では、出発前に招待客同士と招待会社の社員の自己紹介があり、私は最後に同行する医者であると自己紹介しました。招待客には、中小企業の社長さんもだいぶいました。ですから、そんなに高齢者はいません。全部で30人程度です。今回は、行き先が中国なので前もって添乗員経由で、自己紹介と下痢の予防についてのパンフレットを全員に送っていました。福岡空港からは中国東方航空で上海浦東国際空港へたったの1時間半で着きました。頭ではわかっていたものの、羽田空港までの距離です。近いです。時差も1時間のみ。空港のレストランで最初の食事を取りましたが、せっかく医者の私が同行しているので、意図的に医学的な雑談をしました。下戸の私でも知ってる青島ビールで乾杯した昼食後、バスで国内線専用の上海虹橋空港へ移動し、今度は中国南方航空で鄭州へ。ところが、台風のせいか雨、風がひどく機内で延々と待たされました。予定より3時間ほど遅れてようやく鄭州空港へ着きましたが、それからバスで2時間かけてようやく洛陽のホテルへ着きました。現地のバスガイドはかなり日本語が上手なのですが、男の先生に日本語を習ったのか、「~けれども、」という口癖が印象的でした。

ホテルのレストランでは、早速のウェルカムパーティです。音楽演奏付きです。決められた席で隣の人の名前を読んでいたら知り合いの名前と一字違いで面白いなどとのんきに構えていたら、よく考えたら会社名の名字の社長さんでした。少し話しをしてから気づき、ちょっとあせりました。社長さんは一足先に現地に来ていたのでした。でも、なかなかユーモアもありそうで第一印象からいい感じでした。

その後、二次会のカラオケの部屋に移動しましたが、若い中国人ホステスが何人もつくものの、彼女等は日本語もできないし、英語もできない。だから私は中国本土にあまり興味がなかったのです。片言の英語も通じない、稀な国です。携帯電話が鳴り、社長さんから「本部」に集合ということで別室に呼ばれ、日本語のできる中国人の女性社員2人と男性社員1人と社長さんとで楽しく会話しました。

翌朝は、ホテルの目の前にある巨大な公園、牡丹公園を散策しました。この洛陽の町は牡丹で有名とガイドさんから聞いています。さすが中国です。朝から、太極拳をやっている人がたくさんいます。一部、バドミントンをしている人々もいます。後で、ガイドから社交ダンスを踊っている人々もいると聞き、翌朝確認すると確かにいました。仕事とはいえ、今回はツアーですので私の好きな気ままな時間はあまりありません。朝の散歩は貴重な時間です。少し歩き回ると普段だと気になる庶民的な食堂があります。いつものように物価チェックです。麺類が3~5元(1元は約17円)で、隣のパン屋さんで一個2~3元で菓子パンを売っています。安心しました。というのも、上海国際空港では、いくら空港とは言え、コーヒーが一杯40元と書いていてビックリしたからです。やはり、中国の物価はこんなもんでしょう。ついでに、紛らわしいのは中国語で「元」のことを Yuan と書くらしく、略して \、つまり日本の「円」と同じ略号なのです。何の略かわかりませんが RMB とも表記するようです。

近くに洛陽牡丹女子医院と大きく書いたビルが見えます。病院だと思います。中国人に聞くと、必ずしも産婦人科だけではなく、患者が女性専門の病院のようです。バスで移動中に、整形外科、形成皮膚科と書いた女子医院もあり、何となく納得しました。ちなみに、男子医院という看板もあり、性病とも書いてあり、泌尿器科医の私には複雑な心境ですが、男性患者専用の病院もあるようです。

【洛陽観光】
さすがにツアーですので、移動は全てバスで、しかも現地のガイド付きです。個人旅行の多い私にとっては新鮮です。大きなバス2台に分乗しているので、ゆったりしています。しかも、社長さんの配慮で乗る度に軟水のエビアンのミネラルウォーターのペットボトルが配られます。本当かどうか定かではありませんが、この国ではペットボトル入りの水等でも、注射器で生水を入れたりするので油断できないそうです。しかも社長さんは軟水と硬水の区別もよく知っていて、日本人には下痢しやすいカルシウムやマグネシウムの多い硬水は避けているのでした。ツアーというのは、私のように好きな所へ好きな時間に行けないのですが、決まった所に連れて行ってもらえて、食べるところも決まっているので、楽といえば楽です。でも、やはり団体行動なので私の感覚では無駄な時間も多いです。

バスは山の麓へ向かい、いつのまにかテレビや映画でよく見るような少林寺拳法をやっている子供たちがたくさんいる学校を通過しました。おそろいの服(制服?)を着ています。いかにも中国の光景です。本来は空気も相当きれいなはずのこんな山の麓でも、残念ながらスモッグで視界はあまりよくありません。喉が痛くなるマカオほどひどくはありませんが。バスの中では、前日の中華料理がうなぎかへびかで盛り上がりました。日本人の我々がへびだろうと言っても、何故か中国人のガイドや中国人の会社の参加者はうなぎだと言い張るのです。まぁ、鳩だのカタツムリだのさすがに色々な食材が提供されました。中国では、鳩は食べ物らしく誰かが指摘していましたが、どこに行っても鳩が集まって来るのを見かけませんでした。恐るべし、中国!

昼食は少林寺での精進料理でした。これは、日本の京都のような大豆等を上手に料理し、見た目も味も本物の肉や魚のような繊細な料理と違い、いかにも中国で imitation という言葉がぴったりのしろものです。しかも大しておいしくもない。その後、中国最初の仏教寺院とやらの白馬寺へ連れていかれました。日本の寺と大して変わりませんが、線香が値段に応じて馬鹿でかいのにはビックリしました。途中で一人が私の所へやって来て、頭痛がするというので準備してあった鎮痛剤を渡しました。

夕食はすぐ目の前の牡丹城ホテルでの広東料理ですが、中国の交通事情で、歩くと危険ということでバスでの移動です。ホテルの横文字の名前が peony で、ここの名物の牡丹の英単語を何故かここ中国で学習しました。昨日と同じ音楽隊だけでなく、今晩は舞踊団も来ていました。いつの時代のか、中国にしてはへそ出しルックの舞踊もありました。まだ2日目ですが、脂っこい中華料理が続くので会社が準備した日本から持ってきたソーメンが食卓に出ました。大好評でした。下戸の私には関係ありませんが、社長さんの気遣いで日本からたくさんの焼酎や日本酒も持って来ていました。私は添乗員と同じ部屋ですが、彼は毎晩打ち合わせらしく遅くまで部屋に帰って来ないので、気にせず先に寝ていました。朝も早いし、やはり添乗員は大変なようです。私は添乗員ができるくらい旅行が好きで旅慣れていますが、実際に添乗員をするのはしんどそうです。

3日目は午前中に三国志の関羽の首がある関林堂を訪れ、中国三大石窟の一つ、龍門石窟(世界遺産)を見学しました。一人、胃が痛いという人がいて、薬を渡しました。ところが、肝心の私自身の下腹がおかしいのです。痛みまではないですが、下腹がぢかぢかして明らかにおかしい。便も下痢まではいかないものの、軟便で少し近い。今回は、接待ツアーに同行しているので私としてはいつも以上に変なものは何も食べていないのに、軽い細菌性腸炎のようです。慌てて、患者(お客?)さん用に準備したビオフェルミンとパンラクミンの2種類の乳酸菌製剤を一日三回飲み始めました。おかげで何とか本格的な下痢は免れました。恐るべし、中国!

今回のツアーは、社長さんらが下見までしているらしく、悪名高いトイレも全て水洗トイレでした。それでも、トイレットペーパーがないところや、昔懐かし仕切りのない立小便トイレもあり、水圧が低くて流れが悪いらしく、トイレットペーパーやティッシューはくず入れに捨てるようになっていたりしました。尿や便を拭いた紙を捨てるくず入れがあるのです。男女共同のトイレでは、血の付いたナプキンまでむき出しで捨てていました。さすが、中国人女性は上品です。紙を準備していなかった私は他人からティッシューをもらいトイレに駆け込みました。

この日の昼食は洛陽料理ということでしたが、今一つでした。でも、今回も会社の準備したお茶漬けや、梅干が好評でした。梅干は味覚的に口がすっきりするし、下痢の予防にもなります。

【大都会、上海へ】
来る時と違って、時間的にちょうどいいフライトがあるようで、洛陽市内の空港から直接、上海虹橋空港へ行きました。私は世界中の空港へ行きましたが、この洛陽空港は記録的に小さな空港で印象的でした。空港の駐車場があまりに小さく、一つのちょっとしたビルの規模です。フライトも一日に数便のようです。もちろん、目の前の飛行機までは地上を歩いて行きます。上海でのホテルは花園飯店ですが、英語名 Okura Garden Hotel でわかるように、日系のオークラホテルです。テレビではNHKの国際放送も見れます。ここでは、さすがにバスでなく歩いて近くの錦江飯店へ行き、夕食に上海料理を食べました。さすがに上海は都会で信号もあり、交通ルールが守られているようです。ここでも、二人の二胡奏者を呼んでいました。気のせいか、都会の上海のこのレストランが一番おいしく感じました。洛陽は田舎料理だからと言う人もいました。

翌朝は、ゴルフ組と市内観光組に分かれました。私は、数が多い市内観光組に同行し、豫園、外灘(ワイタン)、そしてオープンしたばかりの百一階立ての森ビル、正式名は上海環球金融中心の展望台へ登りました。悪趣味なことに、展望台の一部は床がガラス張りで下が見えます。恐いです。ビルの形はまるで栓抜きのようで、あまり好きではありません。隣の昔からあるテレビ塔のほうが、途中が二ヶ所球状のタワーで絵になると思います。昼食は豫園の有名な小篭包の店、ディンタイフォンで食べましたが、私にはそんなにおいしいとは思えませんでした。バスの中で、降圧剤を内服中の人に頼まれ、血圧を測ると本人の自覚通り、93/55 とやや低めで下がり過ぎのようでした。すると、連鎖反応で計ってくれという人が現れます。一人は 154/90 と高血圧でした。もう一人は、114/54 と正常でした。

一端、ホテルへ戻りゴルフ組みと合流して夕食の「さよならパーティ」へ四川料理を食べに行きました。最後の夕食ですが最高でした。元々、私は中華料理の中では辛い四川料理が一番好きです。ここの激辛の麻腐豆腐はシビレながらおいしかったです。この日は音楽演奏こそなかったものの、最後に道化師が現れ、覆面の表情の早変わりの芸を見せて楽しませてくれました。この日の招待客の挨拶で、こんなに楽しい旅行は初めてだと感謝していました。そして、ソーメンやお茶漬け、ペットボトルの手配、はたまたお医者さんまで同行するという社長さんの気配りに感激していました。

その後、有名な上海の夜景を見にナイトクルーズへ昼間行った外灘の黄浦江(ファンプゥジャン)へ行きました。夜景でも、森ビルよりテレビ塔のほうが照明もきれいでした。酔った勢いであるお客さんから、先生はドクターでも薮医者じゃろうと言われました。別に気にはしませんが、さすがに自分で「空飛ぶ薮医者」と名乗るのもなぁ、などと考えていると、「空飛ぶ町医者」のほうが自分のイメージに近いかなと思えてきました。ツアーの短期間とはいえ、病気に限らず普段から接していて、いざとなったら診察する、そんなイメージです。

その帰りバスに乗ろうとすると、気分の悪い人がいるということで、慌ててもう一台のバスへ行きました。顔色が悪いので急いで血圧を測ると正常でしたので、近くの席で様子を見ていました。幸い、バスがホテルに着く頃には気分も良くなり、顔色も良くなっていました。本人はたばこを吸いたいくらい元気になったと言うので、たばこは止めときなさいと言おうとしたら、すでに吸っています。不良患者です!でも、仕方がないので黙っていました。世の中、こんなもんです。

翌朝は、バスで駅へ移動しリニアモーターカーに乗ると、10分もかからずに浦東空港へ着きました。本当は430kmくらいのスピードが出るらしいのですが、朝は何故か最高速度を300km程度に抑えているようです。こうして初めての医者としての添乗旅行の仕事は無事に終わりました。ほどよい患者が出て少しは役に立ったと思います。

後日談ですが、今回は豪華ツアーに同行したので私自身常にご馳走を食べ、帰国すると5日間で3kgも体重が増加していました。いつもなら、それでも1~2週間ですぐに元に戻るのですが、中華の油が強烈なのか中々元に戻らず、本格的に食事制限してようやく1ヵ月後に元に戻しました。やはり、中国は普通の国ではないようです。



(「機内にお医者さんはいませんか?」空飛ぶドクターの海外旅  行と健康管理、悠飛社、1,470円  好評発売中!)

【旅行時期】2008/09/15~2008/09/19
【エリア】上海
【テーマ】世界遺産・遺跡・秘境
【投稿者】空飛ぶドクター

CDGで名古屋弁*遊路(ユーロ)半突きの旅(十五日目)(by たぽじいさん)

高血圧
6月18日(水) 

 午前6時、目覚ましに起こされた。いつしか眠ってしまったようだ。起き上がって眩暈の事を思い出した。良かった!!。眩暈をしてない。感謝、感謝。

 台所へ行ってセントレアで買ったコーヒーの最後のやつをつくる。準備してあった小さな薄いパンをトーストし、バターを塗りオレンジジャムをつけて食す。ビスケットみたいなのをコーヒーに浸して食べる。
 トイレに行って戻ると携帯が光っている。家内から電話があったみたいで掛ける。家内が出ていきなり「お父さん今どこ?」と言うので「ローマだよ」と答えると、「あれっ、今日帰るんじゃなかったの」と言う。私が帰ると思っていたのに帰らないので、心配になりセントレアにまで電話したと言う。こちらの日付で18日に帰るが、日本時間では19日なるから残してきた計画表にそう書いてあるだろうと言う。どうも家内は日本時間の欄を見てそう思ったみたいだ。「19日のお昼にセントレアに着くから」と言って切る。

 荷物をパッキングし予定より早いが8時19分に宿を出る。32分、駅に着く。ちょうど52分のレオナルド・エキスプレスがあったので、忘れず刻印し一番隅の24番線のホームへ行く。
 43分、電車が入ってきた。ダ・ヴィンチの顔が横に付いている。大勢の人が降りてたくさんの人が乗り込んだ。席について暫くすると満員になった。皆、荷物がおおいので狭くなって隙間が無い。それでもどんどん人が乗り込んでくる。

 55分、列車が動き出した。9時8分、トラステヴェレ駅通過。本日は晴天である。日差しがきつい。昨日が雨のせいか遠くの山が煙っている。

 9時25分、空港着。狭いホームを前から来る人を避けながら真っ直ぐ空港への通路を歩いていく。どんどん進みターミナルの分岐点に来ると案内のモニターが幾つかあった。まだ早すぎて私の乗る便の表示は出ていない。12時45分までの便しか表示されていない。仕方なく立って待っていた。10分ほどしてようやくAF1505 PARIS CDGの表示が出てBターミナルと分かった。分岐点を右に曲がり長い通路を行って表示に従い突き当たりを左に曲がると、すぐに出発ロビーであった。しかしこの二階は売店ばかりで、チュエックインカウンターみたいなものは見当たらない。少し焦る。人の流れを観察すると、ロビーにやって来た人はエスカレーターで一階に降りていく。それでついて降りていくとチェックインカウンターがあった。
 
 いくつかモニターがあり便毎のカウンターの番号を表示していた。私の便はデスク221とあったので行ってみる。パスポート、アメックスのカード(支払い証明)、eチケットのプリントを用意してデスクに差し出す。係りの女性は「ナゴヤ?」と訊くので「シ」と返事して、大リュックを見せ「スルー・トゥ・ナゴヤ」と言うと、「ノー、ノー」と言った。えっ、パリまで持っていくのか?と思ったら「テン……??」とか言って指差した。そちらを見てもわからない。他の場所へ行けというのかと思ったら、時計を指したみたいでプリントに{10:30}と書いて「この時間になったら来い」と言った。早すぎたのだ。早すぎるのも考え物だな、余計な心配をしてしまう。
 とりあえずほっとして二階にあがり、ロビーの椅子に座って日記を書く。あの感じでは搭乗券も貰えそうだしな。
 
 チェックインした後の事も調べなくてはと思い一階に降りていく。チェックインカウンターの奥にデパーチャーゲートがあって、チェックインを済ませた人がどんどん入っていく。ここへ来ればいいのだなと思った。そのままそこらあたりで時間を潰し、時間になったので221のデスクに行く。すでに4組くらいの家族が並んでいる。そこへ並んで待ち次が自分の番になったら、222のデスクのお姉さんが手招きしたので寄っていく。そして三点セットを差し出すと、「バゲッジ」と言うので大リュックを計量台に載せる。7キロだ。「ベルトに載せて」というので載せるとタグを付け、私のパスポートの表紙にクレームタグを貼った。貰った搭乗券は二枚でパリー名古屋間のもあった。

 搭乗券も全部貰え身軽になって、ゲートの列に並ぶ。皆、搭乗券とパスポートを手にしているので私も倣う。係員がその二つをチェックし、そのあと手荷物検査。トレイにベスト、コインケース、キーリングなど入れ、生意気にも「テレフォニーノ?」と係員に携帯を見せると「置け」と言った。ゲートを通るとピッと鳴ってしまったが、ボディチェックでOK。荷物のところへ行くと綺麗なお姉さんが、私の飲みかけのペットボトルをリュックから抜き取り「ダメよ」と言う風に首を振った。その表情の粋な事。手まねで「捨てて」というと、飲む仕草をして「ここで飲むか?」ともいってくれたが「捨てて」と言って荷物を受け取る。こちらの女性はこういう時の仕草や表情が可愛いし粋だな。

 10時50分、出発のB6ゲートにたどり着く。時間は充分ある。又、日記をつける。するとボールペンが壊れてしまった。ペン先のボールが外れたみたいだ。他の筆記用具は大リュックの中だ。とりあえずバールに行く。カプチーノ(1.2ユーロ)、クロワッサン(0.9ユーロ)を頼む。まだ何かで必要になるかも知れないので、ユーロを使い切るわけにはいかない。売店に行きボールペンを買う。水彩画(印刷)と小さなおもちゃがあったのでついでに買う。ボールペンは日本のメーカのものだった。

 またB6ゲートに戻り息子にメールを打つ。朝、宿でトイレに行ってから4時間経つので、Serviza というトイレに行くと無料だった。

 12時30分、搭乗時間になっても受付が始まらない。係員が3人ほど集まって何か深刻そうに話をしている。横のパソコンの画面には真っ赤な文字列が。何かあったのか心配になる。もうすでに気の早い人が並んでいる。私も並ぶ。
 12時40分、やっと受付が始まった。搭乗券を二枚持っている人もいるので私も二枚持って待つ。番が来て係員に二枚とも渡すと半券を千切り渡してくれた。受け取って歩きかけると呼び止められた。何事と戻ると何か言って大きい券を渡してくれた。名古屋行きのだ。これは渡してはいけなかったのである。

 12時46分、ようやく17番の窓側(機種に向かって右)に落ち着く。両側3列の座席だ。隣は若いカップル。前席ポケットに緊急用パンフレットがあったので見ると機材はエアバスA121とあった。飛行機に乗る時コクピットのドアが開いていて初めて操縦席を見た。

 こうして離陸を待っていると、まだ気が早いが(乗り継ぎと言う難問がある)この旅の事が頭を巡ってくる。あとは無事日本に帰ることのみだ。
 13時9分、機がバックしだした。いよいよ離陸だ。
 13時22分、滑走路に出て加速する。無事離陸する。上昇する時綺麗な海岸線が見えた。砂浜にパラソルや人影も見えた。イタリアって本当に綺麗な国だなと思った。地中海も真っ青。島などを夢中になって撮っていると思いがけず昼食が出た。
 
 ふと座席を見るとカメラを取り出そうとした時、邪魔になりパリで買ったポテトチップの袋を出したのだが、気圧が薄いのかパンパンに膨らんでいた。破裂して「パン!!」と音でもしたら「テロだ!」という騒ぎになると思い、必死でリュックに入れようとするが膨らんでいるので入らない。何とか押し込みチャックを閉めると、チャックに食い付かれたのか袋がしゅーっと音がして小さくなった。これで湿気てしまうが仕方ない。

 安堵して昼食をいただく。フランス料理は食べた事無いが、色々手を掛ける料理と聞いていて、あまりいい印象を持っていなかったが、手間を掛けたようなパイ包みとかゼリーで固めた色んなものが詰まったものとか、今まで経験の無い味でおいしかった。

 コーヒーをいただきまったりとする。14時10分、雲の上に尖がった峰が見えてきた。真っ白な山が幾つか見えた。写真に収める。15時すぎ機がどんどん降下していく。モザイク模様の耕作地が広がっている。見る見るうちに村々の家が大きくなってくる。
 15時10分、パリCDGに無事着陸。さあ、いよいよ乗継だ。緊張する。機から出てしばらくは出国する人も乗り継ぎする人も(フライトコネクション)一緒に進んで行ったが、途中で分かれていった。そこの表示には私のF52ゲートはF41~F56のグループにあった。近くにいた女性係員に念のためにチケットを見せて、案内表示を指差すと「OK」と言った。表示に従い通路を歩いていくとゲートがありパスポートチェックがあった。
 ゲートは二つあり右のゲートに行くと、係りは坊主頭の強面のお兄さんだ。チケットとパスポートを差し出しながら「ヴォンジュー」と言うと、ニッコリして「コンニチハ」と言ってくれた。パスポートなどを受け取り「メルシー」と言うと「アリガト」と言いながらウインクした。かっこいいウインクだった。

 気持ちの良い対応と「これで済んだ」という気持ちでルンルンで歩いていくと、また前方にヒモゲートが見えた。取っ付きに女性係員がいて、またチケットとパスポートのチェック。ローマで引き千切ったチケットをみて何か言っている。「ローマエアポート、スタッフ、ブレーク」と言うと何か言って「ワン?」と言うので「ワン」と答えると通してくれた。私の後ろにたくさんの日本人がいて恥ずかしかった。次は手荷物検査だ。厳しそうにみえたので前の男性に習って、ズボンのベルト、隠し財布二つも外して行くと無事通過した。するとまた女性の係りがいてまたチケットとパスポートを見せろと言うので、トレイの中のベストから取り出し見せた。かなり厳重なチェックだな。

 時間を掛けて忘れないように出したものを収める。隠し財布とりあえずリュックに入れた。これで無事通過だ。トイレに寄ってから表示に従い行くと先には何も無い。エスカレーターがあったので上にあがると、目の前にF52の表示とJAL NAGOYA 18:00という文字が飛び込んできた。あぁ、乗り継ぎを済ませられたと安堵した。
 旅行関係サイトでよく乗り継ぎが心配という質問があるが、確かに私も本当に心配したが、考えてみれば乗り継ぎが難しければ、あちこちの空港で乗りそびれた人が続出するはずだが、そんな事は聞かれない。ちゃんと乗り継ぎが出来るようにシステムが出来ているのだと思った。

 名古屋行きの反対側には成田行きの表示があった。そのせいか日本人が多い。落ち着いたところでユーロを減らすために下に降りていく。まずバールに行きコーラ(1.8)とアクア・ノンガス(2.1)を買う。これでコインは0.1ユーロのみ残った。残してあったユーロ札を使うためお土産屋に行く。入っていくと日本人観光客がたくさんいた。

 「あんた、それ似合うがねー」とか「そんなの合わんわー」と名古屋弁が飛び交っている。何か嬉しくなってきた。名古屋弁を聞いて嬉しくなるのは初めてだ。やっぱり俺は日本人で、名古屋人だなと思った。
 そこで手帳を二つ買った。店番のインド人らしき女性が何か言ったが分からない。すると「トウジョウケン」と言った。そうか搭乗券を見せないと買えないのだな。おつりが2ユーロのコインだった。これは持って帰ろうかな。

 ゲートの前に戻り椅子に座って日記の続きを書く。日本語でアナウンスがあり「機内の掃除が遅れ搭乗受付が少し遅れます」との事。あぁ、もう日本式だと思った。

 17時42分、搭乗開始。チケットが千切ってあるので、二人の係員のうち日本人スタッフの列に並ぶ。「ローマの空港で千切られました」と差し出すと、係りの女性は座っているスタッフにセロテープで張り合わさせ、機械に通させた。

 17時50分、予約したH46の席に座る。またも右側の3列通路側。そして他の2席は誰も来ない。リュックからスリッパ、空気枕、プラハから持ってきた靴スベリを出し、リュックを棚にしまう。カメラは出さず。前も後ろも二人ずつ、往きの時より乗客は少ないみたい。
 18時、キャビンクルーのフランス人のお姉さんが新聞を配ってくれたので、久しぶりに日本のスポーツ新聞を読む。段々と身体からヨーロッパが剥がれていく様な感じがする。

 18時7分、タキシング開始。また延々と走る。
 18時15分、ようやく離陸。さらばパリ、さよならヨーロッパ。

 18時40分、「お飲み物は」と来たのでホットコーヒーを頼む。往きと同じおつまみが付いてきた。そういえば往きの時のおつまみはプラハで食べたような気がする。
 18時44分、座席モニターがこわれていたのが復旧した。4年前の帰りの便もモニターが写らず、成田までこわれたままだったな。お詫びといってクーポン券をくれたが使わずしまいだった。腕時計を日本時間に変える。6月19日午前1時46分だ。

 やはりJALに乗るともう日本と同じ感じがする。(AFだがコードシェア便)
 映画「相棒」を見た。飛行機のなかで初めて最初から最後まで映画を見た。
 2時24分、機長の挨拶、「只今、コペンハーゲン上空」との事。一回目の食事。日本食を選択、チキンカレーだった。涙が出そうな程うまかった。日本の味だ。
 旅行中、日本の食べ物が恋しいとは思った事が無いが、食べてみればやはりいい。

 4時頃から映画「釣りバカ日誌 お遍路編」を見る。見終わって横になって寝る。
 11時頃、二回目の食事。食後、高血圧の薬を飲む。
 11時50分、荷物を片付ける。トイレに行き着陸の準備をする。
 12時半過ぎ、段々降下し出した。前方の海のなかに小さくセントレアが見えてきた。あんなところに着陸するのかと不安になる。だんだん大きく見えてくるが、戦争映画で見た航空母艦みたいにしか見えない。
 12時38分、無事着陸。あぁ、旅は終わった。


 出国審査を終えて荷物が出てくるのを待ちつつ、携帯を国内向けにセットしなおし家に掛ける。

 荷物を受け取り出ようとすると税関でまたチェックがあった。申請する人もしない人も全員書類を提出せよと言う。4年前は無かったのに。書類を書いて係りの女性に見せると「荷物はそれだけですか」というので「そうです」と答えるとびっくりしていた。なんで。

 何の苦労も無くキップを買って電車に乗り込む。「白い線の内側でお待ちください」「電車が参ります、ご注意ください」「ドアが閉まります、ご注意ください」。アァ、これはまさしく日本だ。

 金山橋で名鉄を降り地下鉄に乗換え我が家へ。昔の通勤コースだ。

 14時57分 我が家のある街の駅へ。ホームから下を見ると家の車が停まっている。改札口に降りて行くと、珍しく家内がそこで待っていた。家に帰る途中、スーパーに寄って行く。

 家に着き玄関を開けると猫のデブ君が待っていた。2週間も家を空けていたので忘れられ、逃げられると覚悟していたが、寄ってきて散歩をせがんだ。良かった、忘れていない。嬉々として首輪をつけ庭を散歩する。
 もう完全にヨーロッパは身体から剥がれていた。

(反省と心残り)
 1、市内交通(バス、トラム)を全く利用する能力が無く、行き先を限定された。(ウイーン=ヴァーグナー・ヴィラ)(パドヴァ=サンタントニオ聖堂)(ラヴェンナ=イン・クラッセ教会)(ローマ=ヴァチカン)
 2、予約、並びが嫌いで幾つか入れなかった、見れなかった。
(ヴェネツィア=鐘楼)(パドヴァ=スクロヴェーニ礼拝堂) (フィレンツェ=アカデミア美術館)
 3、ミラノをパスしたこと(須賀敦子さんの足跡を歩きたかった)
 4、ウイーンでカフェに入らなかった事。
 5、年齢によるものか、旅の後半では好奇心が磨り減ったのか、意欲が無くなってしまった。

(良かった事)
 1、行った先すべて。そして各国の親切な人々に出会えた事。
 2、パリで出会った、日本の素晴らしき青年たちと知り合えた事。
 3、あの狭いヨーロッパに固まっている国々が、それぞれの個性を失わずにいることが、自分の目で少しは確かめられた事。
                             <終わり>長文、駄文にお付き合いくださった方(殆どいないと存じますが)有難うございました。

【旅行時期】2008/06/18~2008/06/18
【エリア】ローマ
【テーマ】鉄道・乗物
【投稿者】たぽじい

ハワイでダイビング(by area88さん)

高血圧
ハワイ3日目は、メインイベントの体験ダイビング!

日本にいるときに予約したんですけど。
迷いに迷いました。

もともと、マキオママと3人のつもりだったんですけど。
年齢制限があるんですね。
初心者で55歳以上は、基本的にアウト。
5,6件のダイビング屋さんに聞きましたが、
1)駄目。
2)医師の診断書があれば。
3)別にオッケーよ。

結局、ママの場合、高血圧で薬も常用していることもあり、諦めてもらうことにしました。
オッケーのとこでやってもよかったのですが、実際問題、死んじゃっても困ります。

で、
予約したのは
  • http://www.missmarine.com/index.htm

  • ボート2ダイブで、$130
    湾から行くのは、泳ぎがツライし。
    1ダイブだと寂しいし。
    値段も、探した中では、お安めだったし。

    インストラクターは、キャシーさん。
    ハワイ在住の日本人女性、かなりのべっぴん!!!

    ボートは共有だったけど、キャシーさん一人に我ら二人だけのグループだったので、気遣いもいらかったし。
    2ダイブとも、タンクぎりぎりの40分~45分潜らせてもらったし。

    かなり正解、おすすめです。

    キャシーさん、とってもよかったあ~。
    25年ぐらい前に出会いたかった。

    【旅行時期】2008/04/25~2008/04/29
    【エリア】ホノルル
    【テーマ】ダイビング
    【投稿者】area88

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    ... このため、血圧計を持っていなくても、高血圧なのか、低血圧なのか、といった状態を常に把握できるようになりました。 その際、高血圧だという人は、その状態が長期間続くと、血管壁を傷めたり、心臓への負担も増えるため ...

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    高血圧に関する質問

    高血圧 高血圧持ちの41歳。妊娠継続できますか?これが最後なので出来たらう産みたいです。

    高血圧持ちの41歳。妊娠継続できますか?これが最後なので出来たらう産みたいです。4月に再婚し、主人共々念願の妊娠が昨日検査薬で判明しました。職場の人間ドックが本日あり、胎嚢が見えているので早々に婦人科受信を進められたので退社後に行きました。「うちの病院ではリスクがある人のお産は受けられません」と日赤への紹介状を頂きました。私の高血圧は高いときで210の130低い時で130の80位で一定してません。原因不明でしたので200を越えたときは内科受診して薬を飲みますが落ち着いてくると1年位飲まないの繰り返しで3年過ぎてます。現在、働いている事もあり今から出産まで入院しないとなれば諦めるほかありません。薬や食事両方などで通院のみだけで妊娠継続は可能なのか経験者の方教えてください。今まで4回出産歴あり、12年ぶりの妊娠です。150センチの59キロで1年で10キロ太りました。人間ドツクの結果では中性脂肪も血糖値も正常・メタボには引っ掛かってません。人間ドック時の血圧も多少高めですが147、84でした。門前払いを頂いた産院では179、103でした。ご助言よろしくお願いします。

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    高血圧 高血圧・頭痛・不眠症に悩まされ続け悪化の傾向にある母が心配で質問します。56歳....

    高血圧・頭痛・不眠症に悩まされ続け悪化の傾向にある母が心配で質問します。56歳の母は体調が思わしくなく昨年末に仕事を辞め落ち着いた生活を送り始めたのですが良くなるどころか悪化傾向にあります。もともと高血圧の家系で5~7年前くらいから不眠症&高血圧症になり降圧剤と睡眠の為の安定剤を飲み続けいますが、よくなる事がなかったので2ヶ月程前に病院を変えて違うところに通いはじめました。とは言っても田舎に住んでいるので内科の個人クリニック→別の内科の個人クリニックなのですが。現在服用しているのは「朝アダラートCR20・ディオパン80/夕方アダラート・ケルロング10」です。新しい薬の副作用からかどうかわかりませんが、先日は両足が象のようにむくみ(2日程で戻りました)左半身が痺れる感じがしたと言っていたり、胃の調子が悪かったり頭痛が酷かったり・・・不眠症も治っていません。本人はなんとか大丈夫と言っているのですが遠くに住む私にとっては心配でたまりません。血圧は家で測っているようなのですが、一日、一日のブレが大きいらしくて上に20以上差がでる事が結構続いてるようでそれも異常なのかと疑っています。有名どころのオムロンなのでブレは少ないと信じているのですが。今月町から少し離れた総合病院に行ってMRIをとってもらうといっているので、その時に次々とくる体調不良の原因がわかれば少しは母のストレスは解消されると願っているのですが。質問というより相談のようになってしまいましたが、どなたか母が服用している薬について・高血圧の薬の副作用について・頭痛やしびれ(むくみなど)と高血圧の関連性について・など詳しいかががいらっしゃったら何でもいいのでアドバイスを頂けたらと思いました。よろしくお願いします。

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    高血圧 高血圧について②

    高血圧について②こんにちは。降圧剤を始める?始めない?の境界歴三年です。だいたいこの三年は135~155/85~95で、一番多いのは145/95程度です。上は変動しますが、下は高どまりです・・・。そして時折165/105位まで上がり、ごく軽い頭痛や目の圧迫感、ほてり・発汗などがあります。海外暮らしで、日本のような万全な医師体勢がありませんので、処方や対策など、自ら医師に働きかけなくてはならない状態です。前回このような内容で、高血圧についての良回答を頂き、大変参考になったのですが、一つ聞き忘れたこと&疑問がありましたので、また質問することにしました。よろしくお願いします^^血圧の高いときは安静が必要との回答を頂きましたが、実は必ず運動後テキメンに下がり(運動前より上下とも10以上)肩こり首こりも軽くなるので、上記高血圧時の諸症状が出ていても、ウォーキングやwii fitなどを60分前後毎日やっています。普段は週数回ジムに通い、軽い有酸素運動や筋トレもやってます。これは自殺行為なのでしょうか?数回ですが、運動中ムカムカ吐気がしてきて、体がダル~くなったこともあります・・・この時はやめましたが。上記を踏まえての質問なのですが・これがどのぐらい危険なことなのか?・高血圧の人の理想的な運動とその目的はなんなのでしょうか?それと・あなたや配偶者、身内など・・・血圧どのぐらいで、どのような運動をされてますか?長ったらしい内容になってしまいました、すいません。どうぞ色々と教えてください。個人的な見解でも全く構いません^^【補足】メタボ関連の血液検査は正常値。ストレスもありません!体重は、正常血圧だった頃より30%増量中です^^;とは言え、元が細めで、筋肉もつけているので、すごい肥満ということではありません。家系は高血圧ではないです。

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    高血圧の薬最近、血圧が下がって医師の判断により高血圧の薬を中断していますこのま中断しても大丈夫なのでしょうか知っている方は、教えてください

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    高血圧 高血圧について。

    高血圧について。28歳の主人について・・・高血圧のようです。てんかんの持病があり通院している病院で血圧を測ったところ、上が160ほどあります。。。仕事柄付き合いで飲むことが多く、お酒の量はさほど減らせないと思うので、家庭で気をつけたらよいことがあったら教えてください。オススメの食材など・・・よろしくお願いいたします。

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